のと鉄道について

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のと鉄道について

穴水駅

のと鉄道の歴史1 のと鉄道の歴史1

のと鉄道の歴史を紐解いてみましょう。のと鉄道の始まりは、なんと旧国鉄時代にさかのぼります。

のと鉄道の歴史2 のと鉄道の歴史2

1986年3月、能登線は廃止となり、第三セクター化することが決定されました。翌年87年4月には、国鉄が分割民営化されました。

のと鉄道についてカテゴリの解説

のと鉄道とは、石川県にある鉄道です。旧国鉄能登線廃止に際して、存続させるべく、当時の運輸省が、廃止対象路線の早期指定を陳情したいきさつを持っている鉄道です。

能登線の廃止の決定を受け、路線の引き受け会社として、鉄道株式会社が設立、能登線の全線を継承して運営に当たったという背景があります。 

実際、この奥能登に鉄道を設けることは、当時としては大変な建設作業であったことが容易に推測できます。

その当時は生活に必要とされ、鉄道建設がされたわけで、何とか残せないものかという思いが、のと鉄道の存続に繋がっているのです。

今は確かに、人情や義理などで、鉄道を管理運営していくということは言っていられない時代なのです。

四季折々の景色が楽しめ、なおかつ、おいしい食べ物が味わえる。こんな楽しい鉄道がなくなることに、地元だけではなく、県外にも残念がっている人がきっと大勢いたのではないでしょうか。

この、のと鉄道は、当初、運賃を若干値上げしたり、運行本数を増加して乗客、収入ともに増加させたこともあって、第三セクター鉄道の成功例と言われたこともあったほどの人気の鉄道でありました。

今から17年前JR七尾線が和倉温泉まで電化されたのに伴って、非電化の和倉温泉~輪島間の営業を西日本旅客鉄道から引き受けております。

しかしながら、能登半島の道路などの交通網が発達してきたことに加えて、過疎化による沿線に住む人口の減少を受けて、乗客数はどんどん減少していきました。

これでは経営も困難になってくるのは避けられないでしょう。

経営改善のため、経営コンサルタントにも介入してもらいながら、その10年後には、輪島線とも呼ばれていた七尾線の穴水~輪島間を、さらにその4年後には、能登線の全線を廃止となりました。

乗客数の減少により列車本数はさらに減らされ、さらなる経営状態は赤字が続いているようです。

唯一つの存続路線である七尾~穴水間があります。

この理由の一つは、2014年度の北陸新幹線の開業後にJR七尾線が経営分離される可能性があり、石川県に鉄道運営のノウハウそのももを残す必要があったためであります。

2005年には新型車両が導入されました。

新型車両導入後は沿線の小学校や保育所の児童による絵画や田鶴浜野鳥公園で撮影された野鳥の写真、能登線の車両や駅の写真などを積極的に車内に掲示し、地元の方に愛されるような努力がされています。

なくすことは簡単であれ、続けることの難しさを勉強させてくれます。

のと鉄道についてのカテゴリの記事です。

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のと鉄道.comPick!:能登鹿島駅

のと鉄道の能登鹿島駅は、のとかしまと読み、鳳至郡穴水町字曽福にあります。

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