のと鉄道の歴史1

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のと鉄道の歴史1

のと鉄道の歴史を紐解いてみましょう。のと鉄道の始まりは、なんと旧国鉄時代にさかのぼります。

大正11年に、改正鉄道敷設法で能登線が建設予定線として浮上しました。

1932年8月に七尾線として穴水まで開通し、35年7月には輪島までの七尾線全線が開通しました。

52年12月には能登線の着工が決まり、64年9月、蛸島―穴水間が開通したのです。この間、30年以上をかけて、地元の人の生活のために、鉄道が完成していったのです。しかし、この長い間に、同じように道路網の整備なども進んでいきました。

この数十年間は、マイカー時代へと変遷していく機関でもあったのです。

それにより、能登鉄道の利用者は減少しつつあったのも事実です。

このため、能登線は早くも感性から4年後には、68年9月に廃止勧告を受けたという背景があります。もちろん、沿線5町村が存続のために対策連絡協議会を結成するなどの動きはありました。

存続運動の中、能登線の貨物列車廃止、手荷物取扱廃止なども決定していきました。

さらに、集中豪雨の影響により、脱線転覆し、26人の死傷者を出す大惨事が発生しました。残念ながら、この流れは廃線へ追い打ちをかける結果となったのです。

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