のと鉄道の各駅停車の旅はさぞかし気の休まるものに違いありません。
こののと鉄道は、日本列島のほぼ真中にありながら、能登半島の奥道は近くてはるかな北の里のイメージであります。
能登の風のたよりにさそわれて、気のむくままに訪ねれば、手付かずの自然が行く先々で心和ませてくれる能登の旅であるでしょう。
こののと鉄道の路線は、決して海岸線ばかり走っているわけではありません。しかしながら、日本海、海のイメージのするローカル線ではないでしょうか。男性的な外浦、女性的な内浦があります。
海岸線に囲まれたひなびた里、能登半島なのです。こんな言葉があります。
能登はさしや土までもの言葉どおり、何よりも人の情けが温かい、そんな土地柄なのです。
季節の移り変わりの中でも、いつ乗っても奥能登路の良さをたっぷり楽しませてくれるのはのと鉄道の各駅停車の旅であるでしょう。
のと鉄道能登線の各駅停車の旅は本当に心なごましてくれるでしょう。
誰しもが、能登の魅力に引き込まれることでしょう。気になる駅があったら、思いきって途中下車してみたほうがいいでしょう。
能登地方の、飾らない風景の一つ一つが旅心を澄ましてくれます。そして、人は風になり、波になり、能登びとになれます。
のと鉄道各駅停車をお奨めします。こののと鉄道の歴史をさかのぼれば、 明治25年鉄道敷設法が公布され、26年から7ヶ年計画で北陸線敷設が計画されることになったことにはじまります。
七尾から津幡間に私設の鉄道を建設しようという議論が起こったのがことの始まりです。
当時、資本金70万で株式会社が組織されました。加越鉄道株式会社から、七尾鉄道株式会社として工事を起こしました。
官線の北陸本線の津幡駅までは、徒歩連絡という大変不便なものでした。
官線つまりこれは現在の北陸本線です。津幡町までの延長工事を終えて本線に連絡しました。
七尾線の建設は、当時シベリア鉄道が東進し、ウラジオストックへ達すれば欧州と亜細亜の貿易も盛んとなり、七尾港も繁栄する、奥能登地方の開発と発展にも重要な役割を演ずるであろうとの見通しからであったようです。
開駅当時は、貨物取扱いのみの駅だったことからも、そのねらいが見えます。このようなのと鉄道のはじまりがあったのです。
その後は、資本金を増加し、奥能登の乗客を直接便乗させることにして、その利便を計りました。線路を延ばし、新駅を開設していったのです。
全列車金沢への直通運転もしていました。

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穴水駅より、のと鉄道の上り線が発車します。
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