のと鉄道の歴史2

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のと鉄道の歴史2

1986年3月、能登線は廃止となり、第三セクター化することが決定されました。翌年87年4月には、国鉄が分割民営化されました。

そして、88年3月、路線を継承するために設立された第三セクター会社のと鉄道が、鉄道施設を無償で譲り受け、穴水―蛸島間の営業を始めたのです。

のと鉄道は、乗客を増やす為にもちろん営業努力をしました。

乗客確保のため、パノラマ列車やお座敷列車の導入、イベントとの連携など様々な努力を続けました。利用者のほとんどは通学の学生でありました。

結局、年間約2億の赤字となり、01年3月末で七尾線の穴水―輪島間が廃止となったのです。

ダイヤ改正を行ったりもしたのですが、この区間をバス転換するほうがいいという結論に達したのです。

転換後のバスの試走を2回行なうわけですが、賛否両論を受けます。

廃線が近づき、廃線区間にある「恋路」駅行きの記念切符の人気だけは再燃したようです。

鉄道マニアや、地元の利用者たちが、廃線を惜しんで購入したのです。

安易な、旅行会社の譲渡の申し入れなどもあったのですが、安全面などにより、のと鉄道側は申し入れを断っています。

今度、存続されている路線も経営は難しいようです。

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のと鉄道.comPick!:七尾線の穴水~輪島

のと鉄道の七尾線の穴水から輪島間の路線は既に廃止とされました。

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